ハタマド マドカラヒカリ

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秦美穂子おもしろ起業話⑻

お知らせ|起業のおもしろ話

今も忘れない、あの時のこと・・。

とうとうカーテンの仕事だけで、今月からは挑戦です。もう後戻りはできません。1件、2件は小さいお仕事が入っていましたが、その月はあと2週間のうちに現金払いで50万円のお仕事が入らなければ、来月を迎えられない・・。そんなレベルで肝を冷やしていました。毎日営業にでかけ、その日もレンタカーで走っていました。あと2週間です。まだ起業したばかりで、チラシもホームページも素人っぽい、築50年以上のワンルームから仕事を始めた自分に50万円ものカーテンをオーダーしてくれる人なんて本当にいるだろうか・・。私が信頼する先生が『砂漠に落とされたと思ってごらん、オアシスを見つけられれば生きられるし、見つけられなければダメなんだよ』って仰ってたな、と思い出していました。ダメなんだよのダメって、死んじゃうってことだよね。。とぼんやり考えながら車を走らせていたときです。後からクラクションをならされました。自分が何かしたのかと思い、思わずバックミラーを見たときです。バックミラーには自分の顔がうつっていたのですが、その顔を見て、吹き出して大笑いしてしまいました。以外な顔だったんです。私の目はキラキラと輝いていました。どこかうっすらと笑みすら浮かべ、いい顔をしていました。笑ってしまったのは、あまりのギャップです。私は今月の目標が本当に達成できるか不安でいっぱいで、怖くてしょうがないと思っていると、そう思っていたのに・・。表情は全然逆で、むしろ生き生きと向かっている顔をしているではありませんか!自分の顔をみた瞬間に思ったのは、『この人はできる!』ということでした。自分の顔ではありますが、こういう顔している人だったら大丈夫と思い、この2週間で、きっとやれると確信しました。

それは、本当に起こった!

自分は出来る範囲のぬるま湯にいるより、瀬戸際にいるときに生き生きすることを知ってしまいました。この事は今も教訓にしていますが、意識ではそんなハラハラドキドキすることは好きではないと思っていても、実際自分の命はできない事に向かっているほうが躍動するようです。そして、その日から1週間が過ぎ、さらに1日、また1日と過ぎていきました。仕事の音沙汰はありません。やっぱり思い込みだったのかな。。ともふと心をよぎりますが、運を天に任せるような気持で毎日営業し続けていました。そして月末から3日前。電話がきました。T工務店さんというところからでした。『秦さん、急ぎでカーテンお願いしたいお客さんがいるんだけどさ、今日来れる?』もう飛び上がりました。そしてそのお客様がカーテンをその場でご契約してくださり、本当に月末に50万円ちょうどをお支払いいただけ、その月を乗り越えることができたんです。その翌月、そのさらに翌月と、バイトに戻るということはありませんでしたが、毎月がギリギリ。毎日がガタガタ道を行くように不安定ではありましたが、何とか毎月を乗り越えることだけに必死でした。

ようやく伸びてきたとき、、足を引っ張られるのは何故?!

やっと起業したカーテンの仕事一本で、何と、この東京のど真ん中で、一人で生きて生活できる、一ヶ月一ヶ月。その前に、私には返済しなければいけない300万円があることを、自分も忘れていたわけではありません。ただ、本当に返せなかった期間があったんです。。その返済も最初は月に数千円、でもゼロ円が続くこともありました。起業がちゃんとできれば、きっと予定どおり、または予定より早く、全額の返済とできる可能性もあると考えるよりありません。そして、本当に軌道にのる気配がしてきたではありませんか!そんな時でした実家の両親からまた凄まじい剣幕の電話が頻繁に入るようになったのです。貸し主が実家を調べ電話をしてきたのです。実家の両親に、返済予定どおり返済がないので変わりに返してほしいと頻繁に電話されてしまいました。さすがの私もこれはあんまりだと思いました。私とその方との問題なんです。親は関係ありません。貸し主からは自己破産しろ、財産を押さえるわよ、等の手紙が内容証明で届くんですが、何もない私の何を差し押さえするのかさっぱりわかりません。ただただ脅迫でした。両親も貸し主からの電話攻撃に参ってしまい、一緒になって私を脅してくるのには私も参りそうになりましたが、仕事は上手くいき出しています。冷静に考え、ここは絶対に負けてはいけないとやる事にさらに集中するだけにしました。日々砲弾の下を匍匐前進しているような気持でした。貸し主の方に手紙も書いたんですよ。『仕事はようやく軌道に乗り始めました。ひとつひとつの仕事をお客さんに喜んでいただきながらお金を返済する、そのプロセスもきっといつかあなたにも感じてもらえます。ご迷惑おかけしてしまいましたが、ようやく起業することにお金を貸していただいたこと、私にお金を出してもらったその意味が、答えが出ます。』って申し上げましたが、もうすでにその方には届かなくなっていました。普通はそうです。そりゃそうです。

そんな時にまさかのロシアに行く

ありえないと思うんですが、そんな時ロシアに行くことになってしまいました。私の先生でもある高麗恵子さん、斎藤忠光先生(アーティスト名IDAKISHIN氏)がロシアで高句麗伝説コンサートを開催されることになったんです。もちろんお金が全然ない私は、行く予定などたてれるはずもありませんでした。きっかけは中野でお蕎麦やさんを経営しているMさんという福井出身の方です。私が起業する前からご自身もお蕎麦やさんをオープンしたばかりでしたが、私の起業をこころから応援してくださっていました。全然お金がなく、ある日はコーヒーだけをいただいていたとき、そのお蕎麦やさんMさんのご主人が『秦さん、今日はお蕎麦食べないの?』と聞いてきたんです。『うん、今日はね本当にお金ないんです。コーヒーだけで、すいません!』って言ったら、何と黙って大盛りのお蕎麦を出してくださったことがありました。ご主人のお気持ちがありがたくって泣きそうになりました。そんなこんなで親しいを超えて親しくさせていただいていたMさん。Mさんが『美穂ちゃん、私このロシアコンサートは行ってくるわ!行かなきゃいけないのよ、これは!』と仰るので、『じゃあMさん、私ただでバイトするからさ、行ってきなよ!ご主人一人でお店大変でしょ。』と言ったんですね。そしたらMさんじーっと私の顔をみて言いました。『何言ってんの?!美穂ちゃんも行くのよ。お金は私が貸すから!』もうわけがわかりません。こう言っては何ですが、Mさんだってカツカツです。私はもっとカツカツです。月に数千円も返せないかもしれない。いつ返せるかというレベルなのに、正気じゃないと思いました。そしてMさんも詳細まで私の事情を知っています。『美穂ちゃん、行こう。』 その時の空気、、今も忘れませんが、私は即答しました。『わかった。行こう。』

何かが普通ではなかったんです。非常識でも、ありえなくても、正気じゃないと言われても、これは与えられたチャンスだ。逃しては絶対にいけない事が今起こっていると確信し、決断しました。


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